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猫の恩返し

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襖が、すうっと閉じた。 「決して、開けないでください」 そう言って、あなたの家に訪れた私は、部屋の奥へ消えていった。 それから、三日が過ぎた。 襖の向こうからは、夜になると三味線の音が聞こえてくる。 ――ぽろん。 一音。 ――ぽろん、ぽろん。 二音。 けれど、どこかおかしい。 弦を弾いているはずなのに、その音には、妙に湿った響きがあった。 四日目の夜。 あなたが眠れずにいると、襖の向こうから声がした。 「……もう少しです」 「何が?」 返事はなかった。 代わりに、三味線の音が一度だけ鳴った。 ――ぽろん。 その音を聞いた瞬間、あなたは気づいた。 以前、私がこの家に助けられたときに言っていた言葉を。 「いつか必ず、恩返しをします」 翌朝。 襖の前に、真新しい三味線が置かれていた。 美しい楽器だった。 白い胴。 黒い棹。 そして、見る者の目を奪うほど滑らかな表面。 ただ、その中央には奇妙な模様があった。 人間の身体にあるはずのない、細長い線。 まるで――誰かの皮膚に刻まれていたものを、そのまま移したような模様だった。 「気に入っていただけましたか?」 背後から声がした。 振り返ると、私は立っていた。 以前より少し痩せている。 顔色も悪い。 そして、着物の帯を不自然なほどきつく締めていた。 「これが……私からの恩返しです」 私は微笑んだ。 その笑顔は、どこか寂しかった。 あなたが三味線を手に取る。 すると、弦がひとりでに震えた。 ――ぽろん。 私は目を閉じる。 「その三味線は、あなたが私を助けてくださったことを忘れないでしょう」 「……どういう意味?」 私は答えなかった。 ただ、襖の向こうを見つめていた。 そこには、三日間閉ざされた部屋がある。 あなたが恐る恐る襖を開ける。 部屋の中には、何もなかった。 織機もない。 布もない。 道具もない。 ただ、床に一枚の白い羽が落ちている。 そして壁には、爪で書いたような文字が残されていた。 ――恩は、返せば消える。 その下に、もう一行。 ――だから、まだ終わっていません。 背後で、三味線が鳴った。 ――ぽろん。 振り返る。 誰もいない。 けれど、開いたはずの襖が、 ゆっくりと、 ひとりでに閉じ始めていた。

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